岡山地方裁判所 昭和30年(行モ)4号 決定 1955年8月26日
申立人 藤井磯太郎 外一名
被申立人 落合町選挙管理委員会
主文
本申立はこれを却下する。
申立費用は申立人両名の負担とする。
事実
申立人等は「被申立人が昭和三十年八月十七日落合選管委告示第九八号を以てなした境界変更に伴う住民賛否投票を執行する旨の告示の執行を停止する。」旨の決定を求め、その理由の要旨は「被申立委員会は、昭和三十年八月十七日落合選管委告示第九八号を以て「境界変更に伴う住民賛否投票を落合町長の委任により左記の通り執行する。投票期日は昭和三十年八月二十七日、投票区域を岡山県真庭郡落合町天津学区とし、投票方法は町村合併促進法を準用する。」旨告示した。
すなわち、申立人等の居住する同町大字中、同日名の部落民は、落合町より分離し久世町への編入を希望して運動した結果、落合町議会は昭和三十年三月二十一日前記両部落を含む天津学区の全域を一括して住民投票に付し、投票の結果有効投票三分の二以上の賛成があつた場合は分離を認める旨の決議をなし、訴外落合町長はこの決議に基いて被申立選挙管理委員会に前掲の如き投票事務を委任した次第である。併し被申立町選挙管理委員会はかかる事務を行う権限を有しない。市町村選挙管理委員会の権限を規定した地方自治法第百八十六条、同法別表第四には市町村選挙管理委員会にかかる投票事務を行わしめる旨の規定がなく、町村合併促進法を準用するといつても町村合併促進法に規定する住民投票は、本件とは全く異る性格のものであつて、本件の如き住民投票は法律又は政令に何等の規定がない。従つて本件投票の告示は被申立委員会の権限に属しない行政処分であつて法律上当然無効である。よつて申立人両名は肩書部落の住民として昭和三十年八月二十三日被申立委員会を被告としてその告示の取消を求める行政訴訟を提起したが、投票の期日も切迫しているし、且投票が施行されると、町村合併促進法により申立人等住民が有する住民投票の権利を奪われる結果となり、償うべからざる損害を生ずるから前記告示の執行を停止する決定を求めるため本申立に及んだ次第である。」というのである。(疎明省略)
被申立委員会の提出した意見書の要旨は、「本申立は却下さるべきである。被申立委員会が申立人等主張の如き経緯で住民投票の告示をしたことは認める。被申立委員会が本件告示をなした法的根拠は地方自治法第百八十条ノ二にある。すなわち、落合町議会が申立人等主張の如き議決をなしたことによつて落合町長には住民投票を施行すべき権限と義務を生じたが、同町長は同法第百八十条ノ二により、その権限に属する本件投票事務を被申立委員会の同意を得てこれに委任したので、被申立委員会は本件住民投票をなすべき権限を生じたのである。従つて本件告示が法的根拠を有しない旨の申立人等の主張は失当である。」というのである。(疎明省略)
理由
被申立委員会が申立人等主張の如き経緯で、本件住民投票の告示をしたことは当事者間に争がなく、且申立人等が被申立委員会を被告として本件告示の取消を求める行政訴訟を昭和三十年八月二十三日岡山地方裁判所に提起したことは当裁判所に顕著な事実である。申立人等は、本件告示の施行により町村合併促進法所定の住民投票をなす権利を奪われる結果となる旨主張するが、疎甲第一号証によれば本件告示の原因となつた昭和三十年三月二十一日の落合町議会の議決の趣旨は、要するに地方自治法第七条により境界変更の申請を町が県知事に対してなすには、町議会の議決を経由するを要するところ、町議会としては、その賛否の最終的決定を関係住民の投票の結果に委ねたものに過ぎず、町議会の真意としては、本件住民投票施行の結果、賛否いづれかに確定すればあたかも落合町議会において、本件境界変更につきそれと同一内容の議決がなされた効果を発生させるにあるものと解される。従つて、本件住民投票は町村合併促進法に基く住民投票でないことは明白である。被申立委員会が本件住民投票の施行につき町村合併促進法を準用する旨告示したのは、単に投票の方式手続について町村合併促進法所定の方式手続に関する規定を準用して本件投票を施行することを表示したに止まり、この住民投票は町村合併促進法所定の住民投票に代るべき性格を有するものとは認められないから申立人等として、別個に町村合併促進法所定の住民投票を行う権利を何等妨げられるものではない。従つてこの点に関する申立人等の主張は失当である。のみならず、本件告示による住民投票において賛否いづれの結果がでるにせよ、落合町として境界変更を県知事に申請するか否かの内部的意思が定まるだけで、関係住民である申立人等の具体的な権利について何等消長を及ぼすものではない。従て申立人等は本件住民投票の告示の執行停止を求める当事者適格を欠くものといわねばならない。
よつて本件住民投票の告示の違法性につき判断するまでもなく、本申立は不適法として却下し、申立費用の負担について民事訴訟法第八十九条同法第九十三条を準用し主文の通り決定する。
(裁判官 林歓一 藤村辻夫 藪田康雄)